今回は「戦略読書日記 〈本質を抉りだす思考のセンス〉(楠木建著)」をご紹介します。
筆者は一橋大学大学院の経営学の教授。その著書「ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)」は500ページ超、2940円という本格経営書でありながら、異例の10万部を突破したベストセラーとなり注目された人。先日読んだ「好きなようにしてください―――たった一つの「仕事」の原則」が面白かったので購入しました。
書評という形式を借りた経営戦略本
この人のようなスタンスで本を読みたい。こんな読書日記が書けるようになりたい…。それが読後の第一印象。本書の前書きにくどいほど書いてあるようにこの本はいわゆる“書評本”ではありません。書評という形式に託し、筆者の研究テーマである経営や戦略論を述べた本です。そういう意味では同じ筆者の「好きなようにしてください―――たった一つの「仕事」の原則」が、サイトの読者からのお悩み相談に答えるという形式に託して、経営や戦略論を語っているのと同様のアプローチです。
合計21冊の本が紹介されていますが、特に原作を読んでみたいと思ったのが第8章の「暴走するセンス」で紹介された『おそめ』 (石井妙子著)と第21章の「センスと芸風」で紹介された『日本の喜劇人』(小林信彦著)の2冊。
銀座マダムとイノベーション
『おそめ』はかつて銀座にあった伝説のバー「おそめ」のマダムの半生を描いた本。筆者はこの伝説のバーが銀座では後発店であるにもかかわらず瞬く間に人気店となった原因を、マダム上羽秀の類い希な資質と天性のセンスによるものと分析。そして彼女がバーの経営を、誰かにやらされてイヤイヤやる仕事ではなく、プレイヤーとして誰よりも楽しんでやっていたためだとしています。また、その後ライバル店「ラ・モール」の台頭により、「おそめ」が凋落したの要因は、「おそめ」が上羽秀という一人の天才プレーヤーに依存していたのに対し、「ラ・モール」は雇われマダムを立てて接客と経営を分離したこと、つまり水商売の戦略ストーリーのイノベーションだったと看破しています。
森繁フォロワーが森繁に追いつけなかったワケ
もう一冊が小林信彦の『日本の喜劇人』。中でも面白かったのが森繁久弥に関して書かれた部分です。
森繁久弥の芸風には確立されたものがあって、それ自体大変に面白いのだが、もっと興味深いのは、森繁久弥が同時代の喜劇人に与えた影響力である。森繁に影響されて、森繁になりたいと思うフォロワーが次々に自滅していくという成り行きが実に面白い。
(中略)
森繁は「二枚目半」というタイプを自ら開拓して、その結果、喜劇によし、悲劇によしというユニークな役者として大成した。喜劇人たちは誰も彼もいっせいに森繁を目指すようになった。その結果、第二のモリシゲになれるどころか、人気が凋落していった。
筆者は、この森繁フォロワーが次々と自滅していく状況を、強い企業に競合他社が追いつこうとするが、いつまで経っても追いつけず自滅していく状況を重ね合わせています。森繁フォロワーが自滅するのは、彼らは今の森繁を見ているだけで、彼固有のストーリー(時間軸に沿った因果関係の積み重ね)を理解していなかったから。さらに具体的に言えば、森繁はそもそも喜劇人を目指していたわけではないという原点をフォロワーは見逃している、それなのにもともと喜劇人を目指していたフォロワーが森繁と同じことをしてもダメということです。長期にわたってトップを走っている企業にも森繁と似たような面があり、単に今の成功企業の状況を見て真似しようとしても自滅するだけだと筆者は言っています。
もっと本を読みたくなる、そしてその本から深く感じとりたくなる、そんな一冊でした。